「家族たるものこうあらねば…」の負担

東日本大震災ごろから「家族の絆」の大切さが叫ばれるようになり、働き方改革が進むにつれ「仕事より家族」という風潮がさらに強くなりました。家族を大切にするというのは、とてもよいことだと思うのですが、決められたイメージにしばられたくはないなという気持ちもあります。

 

・団欒を欠かさず、明るく楽しく何でも話せる家庭。

・休日は家族でお出かけ。

・3世代で仲良し。

・記念日、誕生日、イベントは忘れない。

 

こういった理想像のようなものがテレビなどで多く流されると、「家族たるものこうあらねば」「これこそが理想の家庭」という固定観念ができてきます。これが強迫観念に変わると、「子どもに優しい、何でも聞いてあげられる母親でいなければ」とか「家族のために仕事も家事も手を抜けない」「無理をしてでもイクメンにならなければ」などの負担にもなってくると思います。

 

しかし、いくら一つ屋根の下に暮らしていても、誰もが100%家族のために生きるわけではなく、それぞれの人生を生きているわけです。家族のためとお互いにがんじがらめになってつらくなってしまっては本末転倒。

 

仕事で単身赴任してしまう母親がいてもよいし、土日に趣味に明け暮れる父親がいてもよいように思います。あるいは、家族全員バラバラに暮らしてみるとか。ここまでくると「家族って何?」っていうレベルですが、「世間の家族像」にとらわれない、自分たちの家族らしい価値観で幸せに暮らす道を模索するのは家族の原点に立ち戻るという点でも有効ことなのかもしれません。何しろ、幸せ家族の王道のような暮らしをしていても、中身は全然そうじゃない場合もありますから。

 

家族のあり方の幅を広げる——いまの社会システムではけっこう難しいことかもしれませんが、それができれば生きやすい社会につながるのかなと思います。